ある通訳ガイドのつぶやき-たやまのいし?!

 他山の石、この言葉は学生時代に吉川英治さんの『宮本武蔵』を薦めてくれた幼馴染が教えてくれた言葉です。「たやまのいし」、意味を確認しようと調べたところ「たざんのいし」が正しいことがわかりました(この誤りについては彼に伝える機会もありませんでしたが)。
 最近は司馬遼太郎さんの『街道をゆく』ばかりを読んでいます。年をとったせいなのか、それとも専業ガイドになったためなのか、気になる箇所も少し変わったことに自身でも気がついているところです。
 さて、次の文章は1972年秋から1973年春の期間に「週刊朝日」に掲載された敦賀のとあるホテルでの描写です。半世紀近くも前の出来事のはずですが、私がガイド業務を請け負い始めてからのここ数年の間にも同様の思いを何度かさせられることがあったものですから、敢えてご紹介させていただきます。

 食後に、町へ出ようとした。睡眠をさそうための本をわすれたので、本屋へ行ってなにか買って来ようとおもったのである。
 玄関へおりて、やってくるタクシーを待った。ついでに本屋がどこにあるかをきいておこうと思い、フロントにいる背広姿の重厚な人物に声をかけた。宿の経営に参加している感じの頭のよさそうな人で、ライオンズ・クラブのLのマークが胸に光っていた。
 「大きな本屋に行きたいのですが」
 と、申し出た。
 「二軒あります」
 フロントがいう。
 「何という名前の店ですか」
 「タクシーにきけばわかります」
 ぴしゃりと言われた感じだったが、これは名答かもしれない。とくに生産性主義からいえばこれほどの名答はないと思われる。回答者からすればどうせ町の地理に暗い旅客に本屋の屋号まで教えてもむだで、タクシーにそういえば連れて行ってくれるわけであり、そのほうがはるかに能率的である。能率こそ現代の宗教ではないか。宗教である以上に、人類はこの能率という思想によってほろぶであろうと思われるほどに、日本の経営者たちを物狂いにさせているものであり、その意味ではこの問答は中世末期に定形化された山伏問答のように、神聖教養に則ったものではないかとさえ思える。
 能率主義の教義では、私は人間ではない。多分に抽象化された「客」という種別に属するものであり、たとえて言えばコンピューターの言語であらねばならない。
 ところが、経営者からみれば私は「客」にすぎなくても、私自身は人間だとおもっているところに、養鶏場のような方式がホテル経営にまるまる当てはまらないところなのである。私は大きな本屋であればどの本屋に行ってもいいというところがコンピューターの言語的なのだが、しかし無駄ながら本屋の屋号も知りたいというあたり人間である。町へ出てゆくのに、本屋の固有名詞を知って出てゆくのと、ベルト・コンベアに載せられた物品のようにタクシーでただ運ばれてゆくのとではずいぶん気分がちがう。そういう無駄な気分の部分だけが、「客」でなく、人間である。
 さらに頼んで、本屋の屋号をやっと教えてくれた。

司馬遼太郎『街道をゆく 4 -洛北諸道 ほか』(朝日文庫 昭和53年11月20日 第一刷発行)230-231㌻

 同書の解説に紹介されている司馬さんの『土地と日本人』をも想起させてくれる出来事でもありますが、観光立国として年間4,000万人の訪日観光客受け入れを目指していた日本が、このコロナ禍の中で、もう一度原点に立ち返るべきだという教訓として重く圧しかかってくるような一節に思えてなりません。
 無論、これは私自身への自戒でもあります。小手先の技能の向上だけではなく、本当の意味での「おもてなし」を具現化できるだけの器量を修養することが不可欠なのだと思っています。言うは易しですが。
 さて、能率主義という点では私たちガイドもパーツとしてしか見なされていないと感じることも度々あります。請負契約の上に成り立っている生業である以上、お客様は神様です、は致し方がない面もあるのですが、精神的にかなりのシコリとして残っている経験も少なからずあります。
 こんな時期でもありますので、今後通訳ガイドになろうと考えている方々にも多少の参考になればと願いながら、私の体験談や失敗談を少しずつ公開させていただきますね。

 仮にA社としておきますが、あるアサイン担当者からツアー催行に際して私の日程確認がありましたので、折り返しメールを差し上げたところ、「すでに他の方に決まりました」という回答でした。予め複数のガイドへの打診中とのことであれば何も言うことはないのですが、A社とのおつきあいは皆無だっただけに、あまりに機械的なやり取りだと思ってしまいました。
 ふり返ってみると、ある研修会でA社役職者の講演を聴く機会がありましたが、「こんなガイドは要らない」と声高々に公言して憚らない内容にも驚きましたし、連携の重要性を強調なさっているわりには面接依頼からその実施までにかなりの期間を要した上に面接結果についても数か月待っても何もないというのが実態のAGT様でした。新人ガイドはこのような関門をいくつか通るのが常識のようで、なにもこのAGT様に限ったことではありませんので、驚くにはあたらないことかもしれません。
 ところが、同社の同じ担当者から二本のツアーのアサインをいただいて予定していたのですが、ツアー開始が迫っているにもかかわらず何のご連絡もないということがありました。ガイドとしては可能な限りツアーの資料作成などの準備をしなければならないために、こちらからご連絡したところ、2週間前にキャンセルになったとのことです。
 ですが、実際は違っていたのです。以下、私が備忘録 (2016年7月5日)に記録しておいたコメントとメール送受信録です。この件については後日談もあることにはあるのですが、すでにご担当者は同社を退職なさっているそうですから再発の可能性は低いとは思います。アサイン担当者の中には保身のために事実を曲げてガイドに説明をすることも起り得るという一例として読み流していただければ幸いです。


 [2016年]6月16日に、メールの添付ファイルで以下の文書を受け取りました。全く開いた口が塞がらないというしかないのですが、あまりの出鱈目ぶりに怒りを通り越して哀れに思います。
 昨年(2015年)6月9日に同社の●●様を通して面談依頼をしたにもかかわらず、年明け1月18日に私の方から再度のお願いをするまで放置されていたこと、面談後のアサイン担当者からのメールも3月末までなかったことなどから、最後通告のつもりで送信したメールの結果、以下のことが判明したというのが経緯です。
 他山の石とすべき内容でもあるので、関係文書を引用して後日の参考にしたいと思います。

Sent: Saturday, June 18, 2016 6:53 AM
To: U
Cc: ●●
Subject: Re: 【新規お仕事依頼/◆◆につきまして】
A社 U 様
お世話になります。
ご回答ありがとうございました。
9月、10月の2期間につきましては貴社アサイン分として予定にいれておきますので、よろしくお願いいたします。
また、催行中止あるいは打ち合わせ等の不可欠なご連絡以外のメールはお手数をおかけするだけですので不要だと思います。
水を差すようで恐縮ですが、そのような思いで我々ガイドへの配慮も忘れないようにしていただければけっこうです。
それでは、今後もよろしくお願いいたします。
眞島友一 拝


From: U
Sent: Friday, June 17, 2016 6:23 PM
To: T. MASHIMA
Cc: ●●
Subject: 【新規お仕事依頼/◆◆につきまして】
眞島 友一 様
平素より大変お世話になっております。
下記、ご連絡を頂きありがとうございます。
ガイドの皆様にとって、お願いをさせて頂くお仕事が生活にどれほど重要か理解をしていた”つもり”になっておりました。
今回のような事を二度としないよう、眞島様からのお言葉をしっかりと理解を致します。
私もまだ●年目ですが、スペインからの案件が増えているという実感を持っております。
それに伴い、これまでお仕事をご一緒したことがなかったガイドさんとも、お仕事をさせて頂く機会を増やしていきたいと思っております。
眞島様には下記のような寛大なお言葉を頂き、またお仕事をして頂けるチャンスを頂き、本当にありがとうございます。
9月と10月のアサインですが、募集ツアーですので現地エージェントと状況の確認を行います。
来週中に、再度ご連絡をさせて頂きます。
今後につきましても、毎2週間のペースを目途に状況をご連絡させて頂きます。
引き続き、何卒よろしくお願い申し上げます。
A社 U


From:T. MASHIMA
To:U
Cc:●●
Date: Thu, 16 Jun 2016 20:41:56
Subject: Re: 【新規お仕事依頼/◆◆につきまして】
A社 U 様
お世話になります。
添付文書、拝見いたしました。ご開示いただきましてありがとうございます。
この春に異動となった●●課長とのメールのやり取りのなかで疑義もありましたので、この度はU様には申し訳ないとは思いましたが、●●様にも同じ文書を送信させていただきました。
逆にご迷惑をおかけすることになり恐縮しております。
但し、我々ガイドはサラリーマンでありません。日々いただく業務で生計を立てているものです。アサインいただいた以上、その解除までは他のお仕事はお断りせざるをえない状況が続きますので、その切実な事情をご理解いただければ十分です。
私は昨春の●●研修での●●様のご講演に甚く感動したものの、まだガイド経験も皆無に近かったために自己研鑽を続けながら機が熟すのを待とうと思いながら過ごしてまいりました。お蔭さまで研修後から少しずつアサインをいただき、ようやく150日を超えるガイド経験を積ませていただくことができたばかりでございます。
まだまだ足りない部分は多々ありますが、旅行者の皆さまに少しでも日本のことをご理解いただけるように勉強を続けること、同時に一日でも長くこの業界で仕事ができるようにと、試行錯誤の連続でございます。
従いまして、済んだことは済んだこととして、今後のことをご考慮いただければ幸いです。
先日のメールでもご質問させていただいておりますが、9月と10月のアサインはまだ有効なのかどうか。そのご回答をいただけない限り今後も他の業務をお断りしなければなりませんので、どうぞよろしくお願いいたします。
また、夏に向けてのご準備でご多忙中であろうことは容易に推察できますので、実際に打ち合わせ等の機会がいただけた時点でご挨拶させていただければ幸いでございます。
以上でございます。
眞島友一 拝


From: U
Sent: Thursday, June 16, 2016 7:48 PM
To: T. MASHIMA
Cc: ●●
Subject: 【新規お仕事依頼/◆◆につきまして】
眞島 友一 様
平素より大変お世話になっております。
A社のUです。
この度は大変なご迷惑をお掛け致しまして、誠に申し訳ございません。
今件の謝罪文と経緯書作成致しました。
添付ファイルにてお送りさせて頂きますので、ご一読を頂けましたら幸いです。
以上、何卒よろしくお願い申し上げます。
A社 U

2016年6月16日

眞島 友一 様

お仕事の間際でのお取消しについてのお詫びについて

今回は、ツアー開始の2週間前にお仕事をキャンセルしてしまい、誠に申し訳ございません。
以下の通り、経緯をご説明させて頂き、改めてお詫びを申し上げます。
正直に申し上げますと、ツアーは1ヶ月以上前にはキャンセルとなっておりましたが、私が眞島様にご連絡することを完全に失念をしておりました。
電車、ホテル等の手配の取り消しと同時にご連絡をしていたものと勘違いをしており、眞島様よりご連絡を頂いた時に失念をしていた事に気が付きました。
そのようなお恥ずかしい理由の為、事実をお伝えする事が出来ず、取り繕うような言い訳をしてしまいました。
A社としてのガイドさんとのコミットメントに背く、不誠実な対応をしてしまったこと、お詫び申し上げます。 誠に申し訳ございませんでした。
お会いし、直接心からのお詫びを申し上げさせて頂きたいと思っておりますが、ご都合のよろしい日時をご教示頂けましたら幸いです。 尚、課長の●●も同行致します。
以上、何卒よろしくお願い申し上げます。


From:T. MASHIMA
To:U
Cc:●●
Date: Tue, 14 Jun 2016 17:56:48
Subject: Re: 【新規お仕事依頼/◆◆につきまして】
A社 U 様
お世話になります。
下記の件了解いたしました。
昨年6月9日に●●様に面談依頼のメールを差し上げてから1年余りになりますが、貴社とはご縁がなかったのかなと思いながら過ごしておりました。
それでも、●●研修での●●様のご講演の内容や、ある先輩ガイドから貴社ツアーで鍛えられたというご意見をいただいておりましたので、再度の面談依頼を年明けにさせていただいた次第です。
ところで、私の方では
9月1日~10日 
10月10日~10月17日 
の2期間について貴社アサイン分として予定に入れておりますが間違いはないでしょうか。
最大手AGT様のご担当者にはツアー開始3日前になって催行中止と何事もないかのようにご連絡をしてくる方もいらっしゃいましたので、ガイド専従としての経験年数は浅いですが世間の常識では考えられないことが起こる業界だと身をもって体験しております。
余計なことを書き過ぎたかもしれませんが、業界全体の質向上のためにも関係するスタッフすべての更なる連携が必要だと思うのは私だけではないと思っております。私も可能な限りのこの業界で生き残りをかけてやれることは続けていくつもりでおりますので、お気づきの点などご教示いただけると幸いです。
それでは、今後もよろしくお願いいたします。
 眞島 友一 拝


From: U
Sent: Monday, June 13, 2016 8:23 PM
To: T. MASHIMA
Subject: 【新規お仕事依頼/◆◆につきまして】
眞島 友一 様
平素より大変お世話になっております。
下記、ご連絡を頂きありがとうございます。
06月30日からのツアーですが、誠に申し訳ございませんが、キャンセルとなってしまいました。
最少催行人数までもう少しと先方から言われており、もともとこの時期は弱いということもあり、部屋数を減らしつつぎりぎりまで粘っておりました。
ですが期限を先週の金曜日と設定しており、先ほど残念ですが達することが出来なかったとの連絡がございました。
ご準備を頂いていたにもかかわらず、間際でのキャンセルとなってしまい、誠に申し訳ございません。
また別の案件で埋め合わせをさせて頂けましたら幸いです。
これに懲りませず、引き続き何卒よろしくお願い申し上げます。
A社 U


From:T. MASHIMA
To:NU
Date: Fri, 10 Jun 2016 15:06:52
Subject: Re: 【新規お仕事依頼/◆◆につきまして】
A社 U 様
お世話になります。
夏に向けてのご準備でご多忙中だろうと推察しております。
お蔭さまで私の方も大過なく春のシーズンを終えてほっとしております。
6月30日からのツアーの催行決定はいつ頃になされるのでしょうか。
以前いただきました英文日程を参考にさせていただきながら和文日程を作成して可能な限りの準備をさせていただいております。
明日から14日まで岡山・広島方面へ出かける予定でございますので、念のためメールにて留守期間をお知らせさせていただきます。
眞島 友一 拝


From: U
Sent: Wednesday, April 13, 2016 4:03 PM
To: T. MASHIMA
Subject: 【新規お仕事依頼/◆◆につきまして】
眞島 友一 様
平素より大変お世話になっております。
A社のUです。
下記、ご連絡を頂きありがとうございます。
誠に申し訳ございませんが、すでに別のガイドさんにお願いをしてしまいました。
代わりではございませんが、下記の日程のご予定は如何でしょうか。
06月30日~07月09日
09月01日~09月10日
今回はお返事を頂けるまでお待ちをしております。
以上、何卒よろしくお願い申し上げます。
A社 U


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